定期入院中 宮部みゆき著「お前さん」で楽しみました(2)
戦後復員してきた兄は、出征まで一生懸命読んでいた知的な本を読むことはなく、銭形平次捕物控えや半七捕物帳を愛読していました。当時首相の吉田茂氏は激務が終わると捕物帳を好んで読んだと聞きました。兄も証券会社勤務で神経が疲れるせいか、読書は捕物関係と決まっていました。
学生だった私も兄が読んだあとに読んで、面白くて為になるし、気分がほのぼのとするなーという感想を懐いたことを思い出します。
まったく久しぶりに今評判の時代ミステリー「おまえさん」を読み終えて、やはり(筋立てが)面白く、(世知が深まって)為になり、(緊張していた気分の糊付がほどけて)浴衣掛けの気持ちになりました。
私自身は理屈好きなので物語の人物像をネタに学問を続けるのも楽しいですが、いつもそれではくたびれますので、このブログでそれを続けるのは取りやめます。
今回の「おまえさん」では人情の温かさや人生の哀しさを味わいながら気楽に捕物の流れを追っていき、やれやれ面白かったなー、為になったなー、湯上り気分になったなーと感じて、本を閉じました。
印象に残った会話や文章を列記しておきます。
・「自分じゃなくて、誰々だったらどう思うか、どう考えるかってやり方を、俺はな十四になる甥っ子から教わったんだ」
・「得物が同じで手口が同じなら、検めるだけの価値はございますよ」
・「嫌にもいろいろあるものです。怒っていたのか、気を悪くしていたのか、言いにくそうだったのか、言うと叱られそうというふうだったか」
・医師の言葉「患者たちの言うことをすべて聞いていたらそれだけで一日が終わってしまう。余計なことには耳に蓋をし、言い聞かせるべきことは余さず言い聞かせる、それだけで精一杯ですよ」
・「家業というのは厄介なものだ。己一人の口を養うばかりでなく、ほかの者どもの暮らしをも背負うから重いのだ」
・「女の子は早生(わせ)で嫉妬(やきもち)なものでございますよ、旦那」
・「部屋住みの身は余りものだから余分の命じゃ。ひっそりしている」
・「恋いはおつむりでするものではございません」
・「惚れるのとのぼせるのとは、違うか」
・「女が必ず我が子を愛すとは限らん。愛情というものもまた育てるものなのだろう。そら這った。そら立ったと親が泣いたり笑ったりするのは、子と共に愛情も成長しているからである」
・「男と女の場合は育っているものが目に見えん。そも育っているかどうかさえわからん。だから厄介ーなんだろうなあ」
・「心労はよろずの病の源(みなもと)。老人ならばなおさらです」(若先生、世知に長(た)けているではないか)。
・あの人に必要なのは治療ではなく気晴らしだ。暇つぶしの気晴らしではなく、本当に気が晴れるような向きに心が動くという意味合いの気晴らしである。
・平四郎は弓之助の謎解きを信じている。筋が通っているからだ。だが人は筋道だけで動くものではない。
・今、生きているこの場のことしか見えず、今、何が正しくて何が間違っているかはっきりしなければ収まらないのが若いということなのだ。若いということは面倒くせえや。
・男はどこまでも莫迦で女はどこまでも嫉妬やきだ。どっちも底なしだ。
・間島信之輔はこう言った「私は愚かものです」。いやその逆だよ。そしていい顔をしている。莫迦な男な顔ではない。
・人は何にでもなれる。厄介なことになろうと思わなくても何かになってしまう。柿になったり、鮑になったり、鬼になったり仏になったり、神様になってみたりもする。それでも所詮人なんだ。人でいるのが一番似合いだ。