曽野綾子氏の視点で視野が広がる

「三秒の感謝」海竜社刊より

●力があるから優しさ、勇気、信念を持ち得る

ギリシャ語では力と徳とそれから勇気までが「アレーテー」という言葉で表される。「アレーテー」という語は同時に「貢献」「奉仕」とも同義語なのである。つまり力がなければ、他人や他国に対して「貢献」も「奉仕」もできないという道理だろう。

・勉強さえできて東大や京大へ入ればいいと考える親たちは、この言葉の持つ豊かな意味を、ぜひとも考えてほしいと思う。秀才といわれる人たちの頭の働きの多くの部分は、まもなくコンピューターによってとって代わられる時代になるだろう。人間が人間にしかできない仕事をするには、この「アレーテー」という一つの言葉の持つ総合的な力を理解するしか他はない時代が来る。

●絢爛たる繁栄の跡

服部伸六氏はその著書「カルタゴ」の中で書いておられる。「カルタゴ人は多くの点でよく治まっているとの評判で・・・カルタゴの制度の多くは良好である。それは国の制度がよくできていて人民の支持を得ていたという証拠である・・・」。それでも遺跡さえほとんど残らない状態で滅びたのであった。カルタゴだけではない。今度私が訪れた東欧の国々、都市国家はすべて過去の繁栄の最盛期をことごとく過ぎたのである。

マキャベリ君主論の中で次のように書いた。「もともとこの世のことは、運命と神の支配に任されているのであって、人間がいかに思慮を働かせても、この世の針路を修正することはできない。・・・だが、かりに運命が人間の活動の半分を思いのままに裁定することができるとしても、半分近くは、運命も我々の支配に任せていると見るのが真実であろうと私は考える」。

●凋落にいかに対処するか

・私は極めて現実的な立場から日本の衰退の原因を考えていた。第一は、技術の進歩の停止である。有名な陶器の産地で売店を覗いて体験した。庶民めあての製品が粗雑になり、技術を失ってきただけではない。有名な画家、作家たちが粗製乱造した作品を出しても平気なのである。こうした空気はいつしか日本の厳しい技術水準を根本から崩すだろう。
 第二は道徳の欠如である。徳と言うものは「美徳、高潔、善」などを示し女性の「貞潔」を指す言葉でもあれば「男らしさ」を意味する単語でもあった。しかし現在の日本ではこれらはことごとく本気で評価されないのである。
 第三は、日本人が、ことに子供たちを常に本気で原始的な生活に馴れるよう訓練しないことである。状況の変化に対する身心の適応の訓練ができていないと、ほんの少しの環境の変化で、もう人間としての総合的な本来の能力を引き出すこともできなくなる。

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<所感>

・鋭い感性の持ち主の曽野綾子氏が、海外生活で体験し考えたことを述べていますが、彼女が日本の常識からかけ離れた世界で獲得した視点は、平穏無事な時代が終わりかけている3.11以後の日本人にとって、貴重な視点を提供しているように思われます。