療養生活の在り方を反省

昨日は退院後2回目の診察でした。血液検査の結果表を見ながら先生はいいですよと言われました。しかし、最近は退院直後と違って昼食後に眠くなるなどと副作用の話ばかりしていましたら、先生から「厳しい病気ですから効果の方が大事ですよ」言われ、改めてこの病気を甘く見てはいけないと反省しました。
確かはじめの時に、半年経って様子を見てから次のやり方を考えるという先生の発言があり、また調べたインターネットでは効果が出るのは半年後くら後だという情報もありました。効果がはっきり出ない間は、リスクが続くので安心はできないわけです。
今の治療法の結果、多少の副作用が出ても苦痛はないし睡眠時間が長いことを除けば、平常の生活が可能なので、この調子で3年経てば健康な生活に戻れるとすっかり安心していました。そのため最悪事態に対する対応という課題に真面目に取り組まず、厄介な身辺整理の仕事は後回しにして、好きなテーマの学習や読書に時間を使ってしまいました。
先生から厳しい病気ですから言われて、あらためてリスクを抱えた療養生活であることを自覚しました。
厄介な身辺整理を前進させて、早く安心した境地で好きなことに取り組まなければいけません。これも晩年の美学の重要なポイントだと思います。


曽野綾子著「晩年の美学を求めて」より

旧約聖書の言葉「私は裸で母の胎を出た。裸でそこへ帰ろう」。自分の死までに自分が人生の途中で集め、楽しみにしたものを、すべて始末していくのがすがすがしい。何もかもきれいに跡形もなく消えるのが、死者のこの世に対する最高の折り目正しさだと私は思っている。


<所感>
曽野綾子氏の言葉に共感しますが、すべてを始末することは無理で、まずは集めたものの5割を始末することができれば、上出来と思う現状です。