真央さんの涙(2)

今日の日経新聞の夕刊のスポーツ欄で、編集委員の武智孝徳氏が書いた「浅田が見せた涙の資格」という記事に感銘し、またいろいろと考えさせられました。
●一時期五輪に出場する選手に、「思いっきり楽しみたい」という言い回しがはやった。・・・自己満足のラインは「入賞」→「日本記録」→「自己ベスト」などと下げ止まる様子はない。このままいくと「参加することに意義がある」というかけ声にすがるしかなくなるのかもしれない。
浅田真央・・・この銀メダリストに、頂点を目指す人間にしか流せない涙があることを、あらためて知らされた。
●2位でいいと思ったら3位も4位も入賞も果たせないのがトップスポーツの世界。一片のの甘さが命とりになる。
●自分が追い求める完璧と頂点をシンクロさせようと鍛錬に鍛錬を重ねながら、ついにそれを一致させることができなかった悲しみ、オリンピックにふさわしい涙だった。

<所感>
・オリンピックというトップスポーツの世界では、頂点を目指す姿勢を失ったら入賞を果たせない世界であり、本気で頂点を目指したのが浅田選手であり、その渾身の努力が結果を生まなかった悲しみの涙は、通常の涙とは次元の異なる崇高な涙であった。だから美しいし、多くの人の感動を生んだと思います。小生はその涙を見て、維摩経の「直心は是菩薩の浄土なり」を思い浮かべ、真央さんは19歳にしてすでに菩薩だと感動しました。
事業仕分けの場で、スーパーコンピューターの予算を巡って、仕分け人の連坊さんから「(コンピューター性能で)世界一を目指す理由は何か。2位ではだめなのか」という発言があり、「科学技術立国日本」を否定しかねない結論が導かれ、ノーベル賞受賞学者たちから強烈に批判声明が出されました。その後政府は閣僚折衝を行い、要求額の大部分を認めることを決めました。(要求額から約15%減の40億円を削減した228億円の予算計上)。この事件は日本の国家ビジョンが不明瞭なことをさらけ出し、大いに考えさせられる事件でした。
・1位でなくてもいいよ、楽しめればいいではないかという人生もそれなりに決して悪い訳ではない、しかし偉大なポジションを目指してよじ登る人生を歩める人はやはりすばらしいです。