桶野興夫著「がん哲学外来入門」に感銘

●がん治療にも哲学が必要だ
・細胞レベルの研究、分子生物学的な追及、有効な治療法の開発、さまざまな方向からがんへのアプローチが行われ、それぞれに学問として成立しています。巨額の開発費を投じた治療法、発生メカニズムの解析、世界中の頭脳が束になってがんに立ち向かっています。しかし、何かが足りないのです。

・大半のがんは依然、早期発見が最大の予防であり、治るがんは治り、治せないがんは直せないという状況は変わっていません。日々大勢のがん患者が生まれ、短い余命宣告に、患者も家族も頭を抱えているのに、最先端医療もいまだに妙手を編み出せていません。

・「今の医学では治せない」となったとき、今を生きている患者にとって、必要なものはなんでしょうか。それは、がんを肉体的な側面からだけではなく、心的側面をも含めて総合的にとらえなおすということではないでしょうか。

・病理からみれば、がんは単に変わった特徴を持った細胞です。しかしそれが宿主の生命を脅かすとなったとき、その持ち主を医療面を含め、全人的にケアする必要性が発生してくるのです。

基礎医学の道を歩んでいる者が、「哲学」の必要性を感じたのは、このような現実からでした。


●哲学的アプローチの必要性
・私は約3カ月中皮腫外来において患者さんを診ました。中皮腫は難治性がんです。そうと診断することは患者さんにとって死亡宣告に等しいわけです。

アスベスト中皮腫の場合、自分に落ち度がないのです。発がん性など夢にも思わず仕事について、仕事にいそしんだ末に治らない病に侵される。こんな不条理なことはありません。

・もう治療を目的とした医療の範疇ではありません。いかに心安らかに、充足した日々を送り、穏やかな最後を迎えるのかという患者支援が必要となります。それは宗教的であったり、哲学的なことであったりするのです。

・日本では宗教にアレルギーを示す方も多いようですし、その人の精神の自由にかかわることですから、医師が特定の宗教を勧めるなんてことはできません。では、医師や治療にかかわっている者に何ができるかというと「自ら人生や死」について考えるための支援、いわゆる「哲学的なアプローチ」だと考えました。

・がん患者と話をされるのは、カウンセリングを専門としている方でも宗教家でもいいと思います。ただ、話題が「がん」という病になったとき、それに相当程度、精通していないと患者側が持っている情報量にはなかなかついていけません。

・患者は一般的ながんの知識を超えて自分のがんについて知りたいわけですから、そういう患者さんと語り合うのは相当な専門性も要求されます。そして、ついていけないと、「患者さんのイライラ度が増してきます。
(しかし、知識のレベルがいかに高まっていこうと、その情報が自分のがんとどのようにつながっているのか、その治療法が自分の場合には役立つのかといったことは、やはり医師でないとわかりません。さらに重要なことは、それがわからないと、自分がなすべきことの「優先順位」がつけられないことです。仮に残されている時間が限られているとしたら、何から先に手をつけるべきか、もし選んだことが治療以外のものだとしたら治療をさておいても手をつけるべきものなのかどう・・・。そうしたことはやはり医師の助けが必要なのではないかと思います。・・・しかし、医師のほうは、診察室の外には順番を待っている人があふれています。話を聞いてもらうどころか、落ち着いて診察を受けることもできません)。

・こんな状況があるからこそ、がんという存在を中心に据え、人生を一緒になって考える医学と哲学を結びつけた患者への具体的アプローチが必要ではないかと考えたのです。

●がんの理想は天寿がん
・日本人の2人に1人はがんにかかり、3人に1人はがんで死ぬ今日、がんとまったく無縁で活きることは非常に難しい状況にあります。

・私の「天寿がん」は、がんが成長していく過程を故意に遅らせることにあります。できれば天寿と思われる年齢に達したころ、がんで死ぬ。これが私の「天寿がん」という考え方への解釈です。

・理想を「天寿」において、一日でも長く、生きていく。これが「共存」です。退治したいけれど、根治はまだできない。だから存在していることは認めざるをえない。まあ仕方がない。そこにあることを事実として認めて、共に生きていくということでしょうか。「共存」には1人ひとりの覚悟が必要です。その覚悟を獲得する術を「がん哲学」と呼んでほしいと思います。

<所感>
・がんではないもののその親類的な難病にかかりましたが、良医に恵まれて無理はできないものの平常の日常生活をとりもどしております。縁あって多発性骨髄腫の患者の会の「がんばりまっしょい」という雑誌を受け取り、桶野先生の存在を知ってその行動に感動していました。

・最近2009年3月に毎日新聞社から発刊された「がん哲学外来入門」という書籍の存在を知って取り寄せ、一気に読んでもっとも感銘した部分を記録しました。

・桶野先生が実践されている「がん哲学外来の思想」は、がん患者ばかりでなく、老先短い後期高齢者の生き方から国家間の紛争解決にいたるまで、さまざまなテーマで生かされる考え方だと思います。