岩崎夏海氏の「なぜ浅田真央は僕の胸をうつのか」に感銘する

200万部に迫るベストセラー、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』の著者である岩崎夏海氏が、国民的人気者であるフィギュアスケート選手の浅田真央さんの人間像に迫るドキュメンタリーを、日経ビジネスon lineの2月9日号に発表しました。
浅田真央さんの笑顔や立居振舞に魅力を感じている小生にとって、この記事はなるほどそういうことだから感動するわけなんだと納得した次第です。岩崎氏の人間観察眼にも啓発されました。

この記事で印象に残った個所を記録しておきます。

・ぼくが浅田真央さんを取材することの目的は、彼女の競技の成績やライバルとの関係などを見るのではなく、「なぜ彼女はこれほど多くの人々を魅了するのか」ということについて、その理由を探ることにあった。

・夕方から始まった真央さんの非公式練習を見学した。強く印象に残ったことは、浅田真央という人間のが持っている独特な雰囲気である。開会式後、女子選手の記者会見があり、これまでの開会式の雰囲気とは打って変わって、シビアな質問が飛び交う緊張感の漲る場となった。しかしそうした変化に際しても真央さんは、さっきまでのにこやかな表情から真剣な表情へとシームレスに移行し、そこでも背筋をしゃんと伸ばした姿勢と、青い炎を灯した瞳を保ち続けていた。

・そうした様子を見ていると、彼女においてはあらゆる瞬間が勝負の場――あるいはそれへの準備の場なのだということが窺われた。かつて、「本番は日常、日常は本番」と言った武道家がいて、真に武術を極めようとするならば、本番は日常から始めるべき――いや、本番以外の日常の中にこそあると説いたのだが、記者会見に臨む真央さんは、それをまさに地でいくかのようだった。

・それは、練習に臨んだ真央さんの姿が、パリ大会に比べてより一層、「けしきの良さ」を感じさせるものであったということだ。

・真央さんの練習は本当に独特で、これは取材陣だけで独占しておくのはもったいないといつも思うのだが、凛とした風格と、泰然自若とした静けさというものが同居してて、見ていて飽きることがない。

・彼女はいつも、一見にこやかでリラックスしているように見えるのだけれど、しかしよくよく見ていると、そういうハプニングに際しても、心から笑うというよりは、その喧噪を少し遠くから興味深そうに眺めているという感じなのである。そうして、その笑顔の背後には、いつも競技者としての緊張感を伏流させているのが感じられる。彼女の背筋は常に伸び、瞳の奥には勝負に賭ける情熱の青い炎が灯り続けているのだ

・この記者会見でぼくが注目したのは、真央さんが、意識してかどうかは分からないが、ある一つの言葉をくり返していたことだ。その言葉とは「一発勝負」。

・この全日本選手権においては、ようやくそうした状態から脱することができた――則ち、世界選手権への出場を賭けて勝負できる状態になったのではないだろうか。だからこそ真央さんは、この大会を「一発勝負」と表現したのだ。つまりそれが、彼女にとっては一番しっくりくる、正確な言葉だったのだ。

・試合後、インタビュアーに感想を問われた真央さんは、「大きな山を越えた」と答えていた。そうして以降、同じ質問がくり返されるたびに、この答えを判で押したように答えていた。それは、鋭い言語感覚を持った真央さんが、正直に伝えようとした心の内だったのだろう。今シーズン、ここまで真央さんの前には大きく険しい山が立ちはだかっていた。しかしそれを、この全日本選手権でいくつかのジャンプを決め、今自分が持っている全ての力を出し切ったという実感を得たことによって、越えたという感慨を持つに至ったのである。

・「世界選手権については、二連覇は考えていないです。今回の大会でも、自分のパーフェクトを目指していたので、今後も、できればそうしたいと考えています」。そう語る真央さんの目には、目指すべき自分の演技というものが、しっかりと見据えられているようであった。また、そこへ向かうことの意欲というものも、この全日本選手権で一発勝負に挑み、大きな山を越えたことによって、新たにしているようだった。

<所感>
・真央さんには、19歳だとか女性だとか美人だとかいう属性を超えた精神性を感じるのですが、それを文章で表現できた岩崎夏海氏に改めて敬意を捧げます。